わが家の日曜の夕食後の光景が最近変わった。夫、六歳、二歳になる娘たち、そして、わたしの四人が、小さな子供用のスヌーピーの座卓を囲んでまだ肌の熱い鍋のなかのポップコーンをつまむのである。今日はちょっと焦げたねとか、塩辛すぎるよとか、バターの香りがいいねとか娘たちまでが一人前に評論を垂れる。いや、ちょっとよそ見してたからとか、手が滑ったとか、次はもう少しバターを増やしてとか夫が返す。あつあつのポップコーンはなかなかにおいしく、鍋にいっぱいだったポップコーンはたちまちの内になくなり、その日の夕食会はそれでお開きとなる。
この奇妙な風習を持ち込んだのは夫である。夫は、どこやらのカラオケスナックで、他の客がポップコーン談義に花を咲かせているのを聞いてきたらしい。夫の言うには、ポップコーンは買うと一袋百円以上するが、百六十円も出してポップコーンの種を買ってきて、自分で作ると十袋分も二十袋分ものポップコーンを作ることができる。塩加減にしても、買って来たものは塩辛くて身体に良くないが、自分で作れば塩加減は自由にできる。さらに、ポップコーンを袋詰めにしたり、輸送したりするコストはばかにならない、無駄なコストを省けば資源の節約にもなると、鼻息が荒い。何よりも、あつあつのできたてはおいしい。
夫はさっそく近所のスーパに行き、ポップコーンの種を探した。なかなか見つからなかったらしいが、小豆やら大豆やらを売っているところで種をみつけ、食後、一人で台所を占領し、わたしには理解できないポンポンという音をさせながら、とにかくも、爆発、炎上等の事故にも遭わずに無事作業を終えた。ところどころ焦げてはいたが、なかなかの味であった。薄塩の、少し焦げ目はあるが、バターの香りの立ちこめるポップコーンは美味であった。バターを使ったのは、カラオケスナックのママさんがバターでなくてはおいしくないと言っていたからだそうだが、夫はバターの使い方を知らない。バターを火にかけたら、一時も鍋を揺らす手を止めてはいけないのだよと教えてあげた。次からはなかなかきれいなポップコーンができた。そのうち、わたしも、面白くなって、試してみた。最初は種をつまみすぎて、大量のポップコーンを作ってしまった。しかし、夫には内緒で、とっておきの特上のバターを使ったので、味はバツグンであった。
ウイークデーの夫は、自分で作ったポップコーンをさかなに、晩酌を傾ける。残ったポップコーンは早起きの娘たちが朝食前に失敬する。わたしは気づいていながら黙って、それを許す。娘たちにはパパの作ったポップコーンが何よりもおいしいらしい。そして、夜、娘たちが寝静まり、わたしが原稿に追われている頃、夫は再び台所に立ち、ポップコーンをつくりはじめる。彼はひとり、ビールをあけ、残ったポップコーンを娘たちの朝の「盗み食い」に供する。
夫が休みの土曜、日曜だけは例外で、家族四人で夫の（時にはわたしの）作った、ポップコーンを囲む。いつまでこの習慣が続くか分からないが、われわれは、不思議な満足感にひたってポップコーンをものしている。最近、夫はいよいよポップコーンを極めたらしく、ポップコーンははじけ損なって半分種のままのものがいちばんおいしいという。カステラのへたがおいしいとか、羊羹の端の乾いたところがおいしいとかは聞いたことがあるが、はじけ損なったポップコーンとは聞いたことがない。確かにカリッとしていておいしいと言えばおいしいが、どんなものだろうか。
今夜も夫は自家製の究極のポップコーンをつまみながら、ビールを傾ける。
